リンク:命を救った食べ物 ~飢饉の歴史と生きるための食物~

http://www2.pref.iwate.jp/~hp2088/park/kikaku/49th_inochi_tabemono.html
記事の更新日:2011-12-20
食料を得るため、人々は歴史の中で知恵を働かせ、様々な努力を重ねてきました。長い狩猟採取の時代から、縄文時代後期には雑穀類やイモ類の栽培が始まり、ついで米作などの農耕が始まりました。米作は中世に入りようやく定着してきましたが、亜熱帯植物である稲の安定した生産は、大きな困難を伴うものでした。
登録日時:2017/08/28 16:08:31
サイト:岩手県農業研究センター
著者:不明

はてなブックマークでのコメント

  • axnsword2017/05/10 20:45
    救荒食 米 飢饉  凶作 東北地方 農業技術 知恵
  • nurumizu2016/02/28 19:49
    “江戸時代は全期を通じて寒冷な時代であったこともあり、不順な天候や病害虫の多発での大凶作に伴う飢饉が絶えませんでした。特に「やませ」が発生する冷涼な岩手県の気候風土では、凶作が大きな問題でした。”